「世界から猫が消えたなら」感想:この世の全てに意味がある、あなたは生きている意味がある

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今回は「世界から猫が消えたなら」の感想を紹介していきます。

この映画「世界から猫が消えたなら」は内容がよくわからなくてつまらないという人と、深いメッセージがあって面白い。感想が二分する映画です。

「世界から猫が消えたなら」というタイトルで面白そうと感じて観る人はなかなかいないのではないかなと思います。(友人が猫が消えても変わらんやろみたいなことを言っていました笑)

しかし、この映画を観ると人生観がガラッと変わったり、世の中、そして身近にいる人への接し方なども変わってしまうくらいの映画だなと感じました。

今回「世界から猫が消えたなら」は、

この世になくていいものはない
この世の全てはかけがえのないものでできている

そんなメッセージを伝えてくれている作品です。

あなたはこの世に生まれたかけがえのない存在です。

そんな気持ちになって毎日を生きてくれたら嬉しいです。

では、「世界から猫が消えたなら」のあらすじと感想を紹介していきます!!

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1.「世界から猫が消えたなら」の登場人物紹介

 

僕:佐藤健

2006年に「プリンセスプリンセスD」で俳優デビューする。翌年には「仮面ライダー電王」で初主演をする。また「ルーキーズ」や「るろうに剣心」など大ヒット作品にも多数出演している。毎年のように映画に出演し、CMやドラマにも多く出演する人気俳優。

「世界から猫が消えたなら」では病で余命宣告され明日には死んでしまうという状況で命を延ばすことと引き換えに何かを失うというSFのような状況を演じる。

悪魔:佐藤健

佐藤健はこの映画では二役している。
この悪魔という役は、病で明日死んでしまうという「僕」の命を司る存在で、何かを消し、「僕」の命を延ばすという力を持つ。

彼女:宮崎あおい

子役として4歳から女優活動をしている。
数々の賞を受賞するなど、日本を代表する女優となった。
大河ドラマ「篤姫」には史上最年少で主役に抜擢される。
舟を編む、怒り、ソラニン、神様のカルテなど人気作品に出演し、名作に宮崎あおいありを示した。

「世界から猫が消えたなら」では「僕」の元カノ役を演じ、「僕」と母親の思い出をつなぐ重要な役を演じる。

タツヤ:濱田岳

名脇役、演技派俳優として活躍。
伊坂幸太郎原作の中村監督作品には毎回のように出演する貴重な存在になった。
歴史映画に多く出演し、時代物の作品といえば濱田岳というようなブランディングにもなっている。

「世界から猫が消えたなら」では、「僕」の親友タツヤを演じ、「僕」の人生にとって必要な映画を毎回渡してくれる映画博士を演じる。

父親:奥田瑛二

「千利休・本覚坊遺文」で日本アカデミー賞を受賞するなど、渋い演技が感動を呼ぶ名俳優。
数々の映画に出演し、その都度、迫力のある渋い演技で多くの人を魅了する。

「世界から猫が消えたなら」では、無口の時計屋の店長を演じ、言葉をほとんど発さない状況で世界観を作っていく素晴らしい演技をする。

母親:原田美枝子

「愛を乞うひと」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。
数々の映画に出演し、感情豊かで、哀愁の漂う名演技で人々を魅了する。

「世界から猫が消えたなら」では、「僕」の母親役を務め、病気で弱り、衰弱していく母親を演じる。
人が弱っていく様子をこの上なくリアルに表現し、映画に没頭させる演技で感動を呼ぶ。

ここまで登場人物を紹介していきました。

ここからは「世界から猫が消えたなら」のストーリーを紹介していきます。

2.「世界から猫が消えたなら」の感動ストーリーを紹介

 

余命宣告

「僕」は一人暮らしで猫のキャベツと一緒に暮らしています。

友人のタツヤに映画を貸してもらいながら毎日を過ごしています。

そんな「僕」はある日自転車を漕いでいると、突然頭に激痛が走ります。

病院で検査を受けると、脳腫瘍と診断されます。

明日死んでもおかしくない、そんなことを告げられ絶望で何も言葉も出てこない、体も動かない、そんな状況に立たされていました。

大好きな映画が見られなくなる、あと何日生きられるのか、、

そんなことを考えながら家に帰ります。

悪魔登場

家に帰るとそこには自分とそっくりの人(悪魔)が座っています。

悪魔は僕にこう告げます。

「明日死ぬよ」と。

そして生き延びるためには1つだけ方法があると悪魔はいいます。

それは、

この世界から何かひとつ消すことで1日生き延びることができる

というものでした。

何かを得るためには何かを失う。

そこで最初に消すのは電話になりました。

電話がなくなる前に最後に連絡をしたいのは誰?

電話の相手

電話がなくなる前に最後に連絡したのは元カノでした。

そして元カノとの再会を果たす。

そこで、元カノとの思い出を振り返る。

彼女との出会い

彼女との出会いは家にかかってきた間違い電話でした。

その時家で見ていた映画の音で電話越しの彼女は映画を言い当てます。

そして映画の話で意気投合した二人はデートをするようになります。

しかし、お互い会うと緊張して話せなくなるので、デートの後の電話が一番二人が話せる時間でした。

その電話が一番楽しかった。

そんなことを二人は思い返します。

そして彼女との再会を果たした僕は別れ際に「もうすぐ死ぬ」と告げます。

そして彼女はその発言をゆっくりと受け入れ、僕を抱きしめ去ります。

電話が消えた

そして電話が消えました。

彼女の家にいくとそこには僕を知っている彼女は存在していませんでした。

電話がなくなったということは電話があったことによって起きた出来事は全てなくなったのです。

自分のことを知らない彼女に声をかけますが不審がられておしまい。

輝かしい思い出が消えたのです。

何かを得るなら何かを失う。

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次に消すのは

そして悪魔は次に映画を消すといいます。

ここでまた映画を通して思い出を振り返ります。

僕が通っていた大学に映画オタクのタツヤという男がいました。

興味を持って僕はタツヤに話しかける。

そこから二人は映画を通して親友になります。

僕にとって今必要な映画を毎日紹介してくれるのです。

毎回のように映画を借りては見ての繰り返し。

そんな親友とのかけがえのない思い出が消えてしまう。

その時僕はタツヤの元に向かいます。

もし、人生最後の映画を1本観るとしたら何を僕に紹介してくれる?と聞きます。

するとタツヤは「いい映画があってそれを話せる相手がいる、それだけで人生捨てたもんじゃない、最後の映画なんてない」と言われてしまいます。

しかし、僕は明日死んでしまうことを告げます。

するとタツヤは必死に最後の1本を探します。

しかし、タツヤが最後に僕に見せたい映画は探せど探せど見つかりません。

そして映画が消えます。

そして再びタツヤに会いにいくとそこには僕を知らないタツヤがいました。

親友とのかけがえない思い出も消えてしまったのです。

彼女との旅行でのトムとの出会い

 

彼女と海外旅行に行った時のトムの存在を僕は思い返します。

世界中を旅するトムとの出会いで海外旅行はとても楽しいものになりました。

そんなトムは海外を旅することで息苦しい「時間というものから逃れている」といいます。

そんなトムとの海外旅行も終わりトムと抱き合って別れます。

その数分後、車に惹かれてトムは死んでしまいます。

あっという間の出来事、そしてトムが死んだのに何事もなかったかのように進んでいく世界にボ僕と彼女は違和感を感じます。

「生きてやる」彼女はそんな叫びをし、自分が死んだ時に誰かが悲しんでくれるような人生を歩む決意をします。

世界から猫を消そう

そんな思い出を振り返りながら「時間」が悪魔によって消されます。

次々と大切な人との思い出がなくなっていく。

そんな状況に苦しみながら命を延ばす。

そして悪魔が次に言ったのは「この世界から猫を消してしまおう」でした。

そして僕が振り返るのは猫との思い出、そして猫と過ごしてきた家族との思い出、それは僕にとって人生の大半の思い出でした。

猫のレタスを飼っていた僕と家族。

そんなレタスが衰弱し息を引き取ろうとしている時を思い出します。

母親が優しくレタスを撫でながら「私に合わせなくていいのよ」と言葉を投げかけます。

僕は理解できずに母親にどういう意味か問い詰めます。

すると母親は自分の命はもう後少ししかないと僕にいいます。

そんな母親のためにレタスに似た猫を拾ってきて飼います。(名前はキャベツと名付けました)

そして母親のために家族で旅行に出かけます。

なかなか宿泊場所を確保できず、あまり良いとはいえない宿に泊まります。

そこで母親は僕に遺書のようなものを渡そうとします。

現実を受け入れられなかった僕はそれを受け取るのを拒否します。

その後、母親が病室で苦しんでいるのを見たり、そして母の死に涙を流す。

そんな母の苦しい状況に一切病院にこない父親に怒りを覚えます。

そんな自分の人生とも言える家族との思い出を振り返りながら家に帰ります。

母親の遺書

 

家に帰ると郵便ポストに母親の遺書が入っていました。

その内容とは、母親から僕への感謝の言葉と僕へのたくさんの褒め言葉でした。

そして母親は僕のために何かをすることが人生の幸せだったと手紙に書いてありました。

自分の時間なんて一切取らずに常に僕のために何かをしてくれる母の存在に感謝の気持ちでいっぱいになり涙します。

母親との最後の思い出を振り返りながら遺書を読みます。

浜辺で母親と写真を撮る場面を振り返る僕ですが、そこで思い返すのは母親と最後に撮った写真がぼやけていたことです。

なぜぼやけていたのか?

それは普段無口で感情を見せない父親が泣いてしまって手が震えていたからです。

猫は消さない

そんな普段感情を見せない父の姿を思い返したり、母との思い出を思い返しながら僕はこの世界から猫は消さないと悪魔に告げます。

自分がこのまま寿命を受け入れて死ぬことは幸せなことだと僕は感じたのです。

何かを消すことで命を延ばすという行為は実は幻想で、
死ぬことが怖い自分を悪魔という幻想で表現していたのです。

この世界から自分がいなくなったことで世界が何か変わると信じて、自分が生きていた意味があったと信じて、僕は死を受け入れます。

最後には僕が生まれた場面が映像として流れ、無口な父親が「生まれてきてくれてありがとう」と僕に告げ映画が終わります。

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3.「世界から猫が消えたなら」の感想

3-1.意味のないものなんて存在しない

この世界に意味のないものなんて存在するのか?

この「世界から猫が消えたなら」ではそんなものはないというメッセージを残している。

どんなものでも意味がある。

「世界から猫が消えたなら」では、電話、映画などわかりやすいところで描写されているが、これはどんなものにも同じことが言えて、そのものを通して得てきた感情やストーリー、誰かとのつながりが絶対にある。

どんなガラクタでもそれを手に入れたときの感情や、思い出、様々なストーリーがある。

それがなくなっても何も感じない人の方が多いのかもしれない。

でも、それがなくなることでそのものを通した思い出を失ってしまう人が必ずいる。

一人でもいればそのものには意味があったことになる。

そう考えるとこの世に意味のないもの、無駄なものなんてない。

そう感じる。

3-2.あなたが生きている意味は必ずある

この世に意味のないものなんてない。

そう考えると人間にも同じことが言える。

この世に生きる意味のない人なんていない。

そんな励ましのメッセージも「世界から猫が消えたなら」で感じた。

あなたがいなくなることによってこの世界の誰かの感情が変化する。

自分が生きている世界といない世界では何か変わっているはずだ。

明確に生きる意味を感じることは難しい世の中かもしれない。

でも、自分が生きている意味がどんな小さなことでもあるかもしれない、そう信じながら生きていくことが大事なんじゃないかなと感じた。

誰しも生きているだけで価値がある。

生きる意味が必ずあるんだよ、そんなメッセージを「世界から猫が消えたなら」で感じた。

4.「世界から猫が消えたなら」まとめ

「世界から猫が消えたなら」では、何かを失くすことで大事なことに気づかせていくという流れがとてもよかった。

なんでもある世の中で、なんの存在意義も感じられない人が増えている。

その中で、失ってから大切なことに気づく、ということを教えてくれる映画だ。

この世に存在しているもの・人には必ず意味がある。

失ってから気づくのでは遅い、しっかり今の時間、仲間、自分を大切にして生きていこう。

明確に生きる意味を見出せてない人でも、生きる意味があると信じて今を大切に生きるのが大事だ。

自分の存在意義を感じられない人はぜひこの「世界から猫が消えたなら」を観て欲しい。

自分の人生に答えを求めず盲目的になることも時には大切なことだと思う。そんなことを感じた映画だった。

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