考察:「天気の子」世界は自分の色に染める、一般的な「正解」なんて探さなくていい

考察:「天気の子」世界は自分の色に染める、一般的な「正解」なんて探さなくていい

夏休み後半のもうブームはある程度すぎたかなくらいのタイミングで一人で、しかも大阪の箕面の109シネマズで見るというイレギュラーな状況でみた「天気の子」

行く前に、「天気の子」はめちゃめちゃつまらない、「天気の子」めちゃおもろい!という賛否両論が出ていたので、とても楽しみに観に行きました。

結論から言うと「天気の子」僕はとても好きでした!

世界をどう自分の色にしていくのか?

自分の利と世界の利を選択肢にしてどちらを選ぶのか?

はたまたその対立ではないのか?

そんなところが「天気の子」での印象的なポイントでした。

それでは「天気の子」で感じたことを紹介していきます。

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「天気の子」のあらすじ

息苦しさを感じ離島から東京に家出してきた少年「帆高」と祈るだけで晴れにできる力を持つ少女、陽菜が出会い、様々な出来事に翻弄されながらも自らの生き方を選択していくストーリーとなってます。

「天気の子」の一番好きな場面

須賀というオカルト誌を出版する会社の社長で帆高がお世話になった人の最後の方のセリフ

「元々、この世界は狂っている」

と言うセリフに痺れました。

最後の方のシーンは帆高が陽菜を助けにいくシーンとなっています。

人柱として社会のために雨を止める決断をし、人柱としての役割をまっとうした陽菜。

しかし、帆高はまた陽菜に会いたいと陽菜を助けにいきます。

その時に究極の選択があります。

「陽菜を助けて自分は幸せだけど、東京は水没する」
「陽菜は助からないが、東京は守られ、何千万と言う人々の生活が守られる」

この自分の利を取るのか、世界の利を取るのか?その選択が僕は印象的でした。

ここで帆高は前者の陽菜を助けて東京が水没する選択をとります。

ここで先ほどの須賀のセリフ「元々、この世界は狂っている」が合わさって僕は天気の子が好きになりました。

「天気の子」を好きになった

この「元々、この世界は狂っている」と言うセリフと、帆高が陽菜を救って東京が水没する選択肢の何で好きになったのか?

それは、「世界を自分の色で染める、自分の人生を生きる、この狂った世界で生きていくなら、世界を自分色にしないと生きている意味がない」と言う感情を得られたからです。

この世界はストレスで溢れ、周りの目を気にしながら生きている人で溢れています。

誰かとの関係がうまくいかず、自分の居場所がなくなってこの世から去ると言う決断をしてしまう人もいます。

そんな状況への反抗がこの場面から感じ取れて僕は好きでした。

この世界は狂っているからこそ、誰かを気にするとか、自分を抑制するとかそんな無駄なことをしていたら自分が生きている意味がないし、元々狂った世界でそんな一般的な「正しい」とか「正解」を探すことなんてしなくていい。

自分が良いと思った、正解を追い求めていい。

誰かに迷惑をかけたっていいじゃないか。

この世界を自分の色に染めるのが自分がこの世界で生きている意味になる。

そんなメッセージを感じました。

そんな自分に正直に、自分のやりたいこと、自分の人生を歩んで欲しいと言うメッセージを僕は感じ取り「天気の子」が好きになりました。

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最後に

「天気の子」は今の社会の息苦しさに突っ込んだ作品だなと感じました。

今の自分になかなか満足感を得られない、自分の生き方はこれであっているのか?と悩んでいる方や、周りの目が気になって自分の好きなことができない、自分の気持ちに正直になれないと言う方はぜひ「天気の子」をチェックしてみてください!!

読んでいただきありがとうございました!